伊吹有喜 TOPIX

2017年11月17日金曜日

NEW!! 「彼方の友へ」を上梓しました!

2017年1月1日日曜日

新年のごあいさつ

2015年12月31日木曜日

年末と年始のご挨拶

2015年7月13日月曜日

BAR追分が発売されます

2015年3月19日木曜日

公式サイトリニューアル

2015年3月19日木曜日

NEW!! 現在連載中

なでし子物語 天の花 地の星

画・菅野裕美/「asta*」ポプラ社(2013年7月より月刊掲載)

彼方の友へ

画・小春あや/「J-novel」実業之日本社(「紡」2013年春号より三ヶ月ごとに掲載)

NEW!! 不定期で掲載

BAR追分(バールおいわけ)

画・満岡玲子/「ランティエ」角川春樹事務所

連載終了しました。年内に刊行予定です。

今はちょっと、ついてないだけ

画・宮坂猛/「小説宝石」光文社(2014年1月号より隔月掲載)

2012年12月1日土曜日

柿の木と12月のごあいさつ

2012年11月1日木曜日

秋深し、イヌニガテの謎

2012年10月1日月曜日

夏の終わりと秋の始まり

2012年4月2日月曜日

4月のごあいさつ

2012年2月8日水曜日

二月のご挨拶

2011年11月5日土曜日

11月のごあいさつ

2011年10月6日木曜日

10月のごあいさつ

2011年9月19日月曜日

ESSAY:日本の大人

2011年7月19日火曜日

夏が来ましたね!

2011年7月1日金曜日

ESSAY:コウジに夢中

2011年6月29日水曜日

本当に蒸しますね……。

2011年6月11日土曜日

ESSAY:男の背中とオムライス

2011年4月6日水曜日

ごあいさつ

2011年1月12日水曜日

年明けのごあいさつ

2010年11月28日日曜日

ESSAY:マルタイに関する考察

2010年11月1日月曜日

ESSAY:短髪包囲網

2010年11月1日月曜日

「小説宝石」12月号(光文社発行)に短編が掲載されました。タイトルは「煙が目にしみる」です。

checkmark小説宝石(光文社)

2010年11月1日月曜日

ごあいさつ

2010年10月16日土曜日

ESSAY:蝉の夏

2010年9月21日火曜日

ESSAY:女の述懐

2010年8月

「小説現代」9月号(講談社発行)にエッセイが掲載されました。タイトルは「この夏の喜び」です。

checkmark小説現代(講談社)

2010年6月

「別冊文藝春秋」7月号(文藝春秋発行)にエッセイが掲載されました。タイトルは「折々の音色」です。

checkmark別冊文藝春秋(文藝春秋)

2010年5月22日土曜日

「月刊 ジェイ・ノベル」6月号(実業之日本社発行)にエッセイが掲載されました。タイトルは「ウマい鹿」です。

checkmarkジェイ・ノベル(実業之日本社)

2010年4月17日土曜日

ESSAY:お寒い対決

2010年3月30日火曜日

ESSAY:書店さんにて初サイン

2010年1月5日火曜日

ESSAY:2010年のごあいさつ

2009年12月25日金曜日

ESSAY:江戸の紫

エッセイ掲載

「野生時代」12月号(角川書店発行)にエッセイが掲載されました。タイトルは「おへその佃煮」です。

checkmark野生時代(角川書店)

2009年11月10日火曜日

ESSAY:失敗の定番

2009年10月5日月曜日

ESSAY:空の庭園

2009年9月15日火曜日

ESSAY:秋の夜長にこの一枚

2009年9月7日月曜日

ESSAY:イルカの裏表

著者インタビュー掲載

ポプラ社のPR誌、asta*(アスタ)9月号に著者インタビューが掲載されました。配布先などの詳細はこちらをどうぞ。

checkmarkアスタについて

checkmarkアスタが置いてあるお店

2009年8月19日水曜日

ESSAY:女の絶望

2009年8月10日月曜日

ESSAY:地獄の珈琲

2009年8月3日月曜日

ESSAY:すごいよ、ルーシー

2009年7月28日火曜日

ESSAY:涙のラーメン

2009年6月27日土曜日

ESSAY:ごあいさつ

伊吹有喜 BOOKLIST

伊吹有喜『彼方の友へ』

初版:2017年11月17日
ISBN:978-4-408-53716-0
出版:実業之日本社
価格:本体1,700円+税



平成の老人施設でひとりまどろむ佐倉波津子に、赤いリボンで結ばれた小さな箱が手渡された。「乙女の友・昭和十三年 新年号附録 長谷川純司 作」。そう印刷された可憐な箱は、70余年の歳月をかけて届けられたものだった──戦前、戦中、戦後という激動の時代に、情熱を胸に生きる波津子とそのまわりの人々を、あたたかく、生き生きとした筆致で描く、著者の圧倒的飛躍作。
(文章は実業之日本社の紹介ページから流用させていただいています)

伊吹有喜『地の星』

初版:2017年09月21日
ISBN:978-4-591-15605-6
出版:ポプラ社
価格:本体1,600円+税



今のわたしは、あの頃なりたいと望んだ自分になれているのだろうか。遠州峰生の名家・遠藤家の邸宅として親しまれた常夏荘。幼少期にこの屋敷に引き取られた耀子は、寂しい境遇にあっても、屋敷の大人たちや、自分を導いてくれる言葉、小さな友情に支えられて子ども時代を生き抜いてきた。時が経ち、時代の流れの中で凋落した遠藤家。常夏荘はもはや見る影もなくなってしまったが、耀子はそのさびれた常夏荘の女主人となり─。ベストセラー『なでし子物語』待望の続編。
(文章はポプラ社の紹介ページから流用させていただいています)

伊吹有喜『カンパニー』

初版:2017年05月22日
ISBN:978-4-10-350971-4
出版:新潮社
価格:本体1,700円+税



妻子に逃げられた47歳総務課長。選手に電撃引退された女性トレーナー。製薬会社のリストラ候補二人に課された使命は、世界的プリンシパルの高野が踊る冠公演「白鳥の湖」を成功させること。しかし、高野の故障、配役変更、チケットの売れ行き不振と続々問題が。本当に幕は開くのか!? 仕事と人生に情熱を取り戻す傑作長編。
(文章は 新潮社の紹介ページから流用させていただいています)

伊吹有喜『情熱のナポリタン』

初版:2017年02月14日
ISBN:978-4-75844065-3
出版:角川春樹事務所
価格:本体520円+税



かつて新宿追分と呼ばれた街の、〈ねこみち横丁〉という路地の奥に「BAR追分」はある。<ねこみち横丁>振興会の管理人をしながら脚本家を目指す宇藤輝良は、コンクールに応募するためのシナリオを書き上げたものの、悩んでいることがあって……。両親の離婚で離れて暮らす兄弟、一人息子を育てるシングルマザー、劇団仲間に才能の差を感じ始めた男──人生の分岐点に立った人々が集う「BAR追分」。客たちの心も胃袋もぐっと掴んで離さない癒しの酒場に、あなたも立ち寄ってみませんか? 大人気シリーズ第三弾。
(文章は 角川春樹事務所の紹介ページから流用させていただいています)

伊吹有喜『ミッドナイト・バス』(文庫版)

初版:2016年08月04日
ISBN:978-4-16-790671-9
出版:文藝春秋
価格:本体880円+税



壊れた「家族」という時計は再び動き出すのか。故郷に戻り、深夜バスの運転手として二人の子供を育ててきた利一。ある夜、乗客に別れた妻の姿が──。家族の再出発を描く感動長篇。
(文章は文藝春秋BOOKSの紹介ページから流用させていただいています)

伊吹有喜『今はちょっと、ついてないだけ』

初版:2016年03月16日
ISBN:978-4-334-91083-9
出版:光文社
価格:本体1,500円+税



かつて、世界の秘境を旅するテレビ番組で一躍脚光を浴びた、「ネイチャリング・フォトグラファー」の立花浩樹。バブル崩壊で全てを失ってから15年、事務所の社長に負わされた借金を返すためだけに生きてきた。必死に完済し、気付けば四十代。夢も恋人もなく、母親の家からパチンコに通う日々。ある日、母親の友人・静枝に写真を撮ってほしいと頼まれた立花は、ずっと忘れていたカメラを構える喜びを思い出す。もう一度やり直そうと上京して住み始めたシェアハウスには、同じように人生に敗れた者たちが集まり……。
(文章は光文社の紹介ページから流用させていただいています)

伊吹有喜『オムライス日和 BAR追分』

初版:2016年2月12日
ISBN:978-4758439732
出版:角川春樹事務所
価格:本体520円+税



有名電機メーカーに勤める菊池沙里は、大学時代にゼミで同期だった宇藤輝良と再会する。卒業して五年、宇藤は「ねこみち横丁振興会」の管理人をしながら、脚本家になる夢を追い続けているという。数日後、友人の結婚式の二次会後に、宇藤がよくいるというねこみち横丁のBAR追分に顔を出した沙里だったが……(「オムライス日和」より)。昼はバールで夜はバー──二つの顔を持つBAR追分で繰り広げられる人間ドラマが温かく胸に沁みる人気シリーズ、書き下ろしで贈る待望の第二弾。
(文章は角川春樹事務所の紹介ページから流用させていただいています)

伊吹有喜『BAR追分』

初版:2015年7月15
ISBN:978-4758439176
出版:角川春樹事務所
価格:本体520円+税



新宿三丁目の交差点近く──かつて新宿追分と呼ばれた街の「ねこみち横丁」の奥に、その店はある。そこは、道が左右に分かれる、まさに追分だ。BAR追分。昼は「バール追分」でコーヒーやカレーなどの定食を、夜は「バー追分」で本格的なカクテル、ハンバーグサンドなど魅力的なおつまみを供する。人生の分岐点で、人々が立ち止まる場所。昼は笑顔がかわいらしい女店主が、夜は白髪のバーテンダーがもてなす新店、二つの名前と顔でいよいよオープン!
(文章は角川春樹事務所の紹介ページから流用させていただいています)

伊吹有喜『なでし子物語』(文庫版)

初版:2014年12月05日
ISBN:978-4-591-14246-2
出版:ポプラ社
価格:本体720円+税



いじめに遭っている少女・耀子、居所のない思いを抱え過去の思い出の中にだけ生きている未亡人・照子、生い立ちゆえの重圧やいじめに苦しむ少年・立海。三人の出会いが、それぞれの人生を少しずつ動かし始める。言葉にならない祈りを掬い取る、温かく、強く、やさしい物語。

伊吹有喜『ミッドナイト・バス』

初版:2014年1月
ISBN:978-4163900063
出版:文藝春秋
価格:1,890円



東京での過酷な仕事を辞め、故郷の新潟で深夜バスの運転手をしている利一。ある夜、彼が運転するバスに乗ってきたのは、十六年前に別れた妻だった──。
父親と同じく、東京での仕事を辞めて実家に戻ってきた長男の怜司。実現しそうな夢と、結婚の間で揺れる長女の彩菜。そして、再婚した夫の浮気と身体の不調に悩む元妻、美雪。
突然の離婚で一度ばらばらになった家族は、今、それぞれが問題を抱えて故郷に集まってくる。全員がもう一度前に進むために、利一はどうすればいいのか。
家族の再生と再出発をおだやかな筆致で描く、伊吹有喜の新たな代表作!
(文章は文藝春秋BOOKSの紹介ページから流用させていただいています)

伊吹有喜『なでし子物語』

初版:2012年11月
ISBN:978-4-591-13142-8
出版:ポプラ社
価格:1,680円(本体:1,600円)



ずっと、透明になってしまいたかった。でも本当は、「ここにいるよ」って言いたかったんだ──

いじめに遭っている少女・耀子、居所がなく過去の思い出の中にだけ生きている未亡人・照子、生い立ちゆえの重圧やいじめに苦しむ少年、立海。三人の出会いが、それぞれの人生を少しずつ動かし始める。言葉にならない祈りを掬い取る、温かく、強く、やさしい物語。

伊吹有喜『四十九日のレシピ』(文庫)

初版:2011年10月
ISBN:978-4-591-12665-3
出版:ポプラ社
価格:630円(本体:600円)



母の優しい「レシピ」が起こした奇跡に、あたたかい涙があふれる感動の物語。

妻の乙美を亡くし気力を失ってしまった良平のもとへ、娘の百合子もまた傷心を抱え出戻ってきた。そこにやってきたのは、真っ黒に日焼けした金髪の女の子・井本。乙美の教え子だったという彼女は、乙美が作っていた、ある「レシピ」の存在を伝えにきたのだった。

伊吹有喜『風待ちのひと』(文庫)

初版:2011年4月
ISBN:978-4-591-12418-5
出版:ポプラ社
価格:672円(本体:640円)



伊吹有喜デビュー作、文庫版

“心の風邪”で休職中の男と家族を失った傷を抱える女。海辺の町でふたりは出会った──。人生の休息の季節を鮮やかに描き出す、デビュー作。

伊吹有喜『四十九日のレシピ』

初版:2010年2月
ISBN:978-4-591-11535-0
出版: ポプラ社
価格:1,470円(本体:1,400円)



2011年早春 NHKドラマ化決定!!

わたしがいなくなっても、あなたが明日を生きていけるように。大切な人を亡くしたひとつの家族が、再生に向かうまでの四十九日間。家族を包むあたたかな奇跡に、涙があふれる感動の物語。

伊吹有喜『風待ちのひと』

初版:2009年6月
ISBN:978-4-591-11021-8
出版:ポプラ社
価格:1,470円(本体:1,400円)



伊吹有喜デビュー作

第三回ポプラ社小説大賞特別賞受賞作!! 二十代の恋とは違う。でも、今だから気がつくことがある。39歳の男と女、愛と再生の物語。


 渋谷に行く用事があり、自宅近くから渋谷行きのバスに乗った。
 渋滞にさしかかると到着時間がずれるけれど、バスは乗り換えなくていいし、ゆったりと景色を眺められるから好きだ。だけどその日はあと少しで読み終える本があったので、席に座ってすぐにページをめくった。
 それは1940年代に上海で暮らしていた日本人の青年の日記だ。太平洋戦争が激化しているなか、彼は軍事関連の仕事で上海に赴任し、その地で終戦を迎える。日記には当時の街の様子や知識人同士の交流、そしてこんな状況下、いや、そうした状況下だったからなのか、みちならぬ恋におちていく様子が描かれていた。
 その文章はどこも深い教養と観察眼にあふれていて、引き込まれるようにして読んだ。そしてこの日記を書いた当時、著者が27歳だったと知ってため息が出た。自分が同じ年のとき、何を書いていただろうか? もし日記を書いていたとして、こんなに深いことが書けただろうか? おそらく書けないと思う。
 そのとき「10年、幼い」という言葉を思い出した。
 数年前に、ある大学の経済学系の先生を取材する仕事を請けた。その先生の授業やゼミの様子を誌面でレポートし、さらに先生からインタビューをいただくという内容だった。
 すべての取材を終えて別れの挨拶に伺うと、先生がお茶をいれてくださった。
 かなりの高齢だったが身のこなしは軽く、自分のことを『僕』という人だった。歯切れが良くて語尾が軽やかな話し方はモダンで、生粋の東京人という印象を受けた。
 お茶を飲みながら話をしていたら、何かの折に先生がぽつりと言った。
「今の大学生の意識は、昔に較べて10年ほど幼いのです」
 そこは新興の大学で、これから知名度を上げていこうとしているところだった。しかし先生はこの学校に来る前に教えていた名門大学でもそう感じていたのだという。
 昔とはどれぐらい前かと聞くと、少し考えて、10年、15年前の学生はまだギリギリで大人だったように思うとおっしゃった。
 2011年の今だと、20年から25年ぐらい前の学生たちといったところだ。
 軽い気持ちでたずねた。
「そうしますと……今の28歳が昔の18歳という感じですか?」
 そうです、と先生はうなずいた。
 何か理由があるのだろうか、と聞いた。
 すると、昔は高校や短大を出て社会に出る人が多く、同年代ですでに稼いでいる人達が大勢いた。だから大学生は自分たちがモラトリアムであることを自覚していたし、4年間も学べるのは恵まれたことだという意識がどこかにあったからだ──そんな感じのことを一気におっしゃって先生は小さく笑った。
「苦学生なんて言葉、もう死語でしょうね」
「あまり聞きません」
「昭和の時代に学費を自分で作りながら学んでいた生徒は、人への接し方も話し方も今の30代ぐらいの感じでしたよ」
 そうしたわけだから、と先生は続けた。
「今の18歳は昔の8歳ぐらいだと僕は思っています。だから算数を教えるのも仕方がないのです」
 その先生のゼミはまず数学の初歩を教えてから、専門分野に進むというのが特色だった。
 この大学の入試には数学がないので、学生達は数学の基本的なことを忘れ、あるいはあまり学ばずに大学に入ってくる。算数のレベルで戸惑ってしまう学生も少なからずいて、今さらそれを人にも聞けず、やがてゼミにも講義にも来なくなってしまうらしい。
 最近ではこうした数学の基礎を学ぶ機会を設けている所もあると聞くけれど、当時はそれほどなかったように思う。
 10歳、幼い。
 そう言って先生は強い口調で続けた。
「幼いから素直で純粋です。だからたやすく心が傷ついてしまう。そう思って僕は指導方法や言葉もとても考えながら指導しています」
 ああ、されど……。
 先生の話を聞きながら、ぼんやりと思った。
 笛吹けど踊らず……。
 教え子たちに取材をしたのだが、先生の配慮はあまり伝わっていないようだった。みんなサークルやアルバイトに関しては楽しげに語ってくれるのだが、肝心の授業の話になると口が重い。今さら数学の勉強をするより、アルバイトやサークルで実績を積んだ方が人間性や視野が広がる──そうした意見を持っている学生もいた。
 どこか釈然としない思いを感じた。そして『10年、幼い』という言葉が心に残った。
 しかし2011年の今、昔の日本人の日記に接してみると、10年幼いのは、あのときの学生ばかりではなく、私自身もそうであったことに気付く。終戦時に20代後半だった青年の文章は、今の30代後半、40代前半のような成熟度があった。
 そう思って本を閉じたら、バスに二人の年配の男性が乗り込んできた。
 年のころは70代ぐらい。久しぶりに会った仲らしく、話がはずんでいる。一人は粋な白い帽子、もう一人はパナマ帽をかぶっていて、互いに自分のことを僕、と言っていた。大きな声だったけれど、その話し方は軽やかで心地よく、『10年、幼い』と言ったあの先生の口調を思い出した。
 二人は車内を見渡しながら歩いてきて、私の前に座った。そして白い帽子の人が終戦直後に上野駅についたときの話をした。話の詳細はわからないけれど、あたり一面の焼け野原を見て呆然とした、と言っている。
「みんな焼き払われて、町のはるか向こうにぱーっと海が……海の……水平線が見えたよ。あの光景は忘れられん」
「僕もおんなじようなものを見た」
 パナマ帽の老人がうなずきながら言った。
「裏山から見たらぱーっとね……。あんな焼け野原……」
 一瞬、黙ったが、だからさ、とパナマ帽が言葉を続けた。
「東北だって、すぐに復興するよ。だって僕らは日本人だもの」
 一瞬、違和感を感じた。被災地から離れた東京で、そんなことを気楽に言っていいものだろうか。そう思ったけれど少し考え直した。終戦後、焼け野原だった日本を復興させたのは、この人達の世代だ。
 パナマ帽が窓の外のビル群を指さした。
「あんな状況からこんなになったんだよ、ほら、ほら」
「そうだね」
 穏やかにうなずき、白い帽子の老人が窓の外を見た。
 その様子に“上野駅についたら驚いた”と、彼が話していたのを思い出した。
 電車が上野に着いたら驚いたということは、東北から上京した人かもしれない。西から上京した人は新橋、品川、東京駅あたりで焼け野原に気付くのではないだろうか。
 二人とも東京の人に思えるけれど、ひょっとしたらこの白帽の人は東北の出身か、東北に疎開をしていた人かもしれない。年代的に見て、二人とも終戦時は子どもだったような気がする。
 そう思ったとき、そうだよ、と力強く白帽がうなずいた。
「そうだよ、できるさ」
 できるよ、とパナマ帽が続けた。
「やれるさ。そんときまで僕らが生きてるかどうかは、わかんないけど」
 二人は笑った。それから話は別のことに移った。
 膝の上に置いた本をバッグに入れながら、新聞で読んだ東北の方の言葉を思い出した。
 避難所で数日過ごして外に出たら、町の向こうに水平線が広がるのを見たと、その方は言っていた。本来なら見えるはずがない場所なのに、建物が押し流されてしまったから、はるか彼方の水平線まで見えたという。
 目の前の年配の方々が子どもの頃に見た光景と同じ事が今、東北のいろいろな町にある。そしてそのさまは戦後66年たって大人になっても、声を詰まらせるほどの衝撃として残っている。一体どれほど多くの子どもたちが今、水平線を眺めて暮らしているのだろう。
 東北の復興はすぐだと目の前の二人は言った。その理由が“だって、僕らは日本人だもの”。
 なんて根拠のない言葉だ。しかも終戦直後の日本人ほど、おそらく私たちは剛毅ではない。10年幼いのは学生ばかりではなく、大人もおそらく、あの時代の人々より幼いのだ。
 だけど、できるさ、と力強く言った彼らの言葉が耳に残った。その一言は自分たちより若い世代を信頼している力に満ちていた。
 バスは渋谷に着き、二人は楽しそうに話し続けながらバスを降りた。そしてこれから何をしにいくのか、意気軒昂に肩を並べて歩いていく。夏の日差しのなかで粋なパナマ帽と白帽が二つ。逆方向へと歩き出しながら、先ほどの言葉をかみしめた。
 できるさ。きっとやれるさ。
 今の日本が嫌だからと言って逃げる場所もないし、逃げるわけにもいかない。何がおきたか、それからどうなったのか、それを忘れずに道を模索していくしかない。個人ができることはささやかだとしても、それは今も昔もおそらく変わりない。それぞれがそれぞれの場所で少しずつ積み重ねていったものの集大成が、きっと未来につながるのだろう。
 10年幼くても頼りなくても、それをするのはあらゆる世代の今、ここにいる大人がやるしかない。水平線を眺めて暮らしている子どもたちが、安心して大人になれるように。
 振り返ったら、もう帽子は見えなかった。
 時間にして数分、鮮やかな印象だけを残して、66年前に少年だった二人は渋谷の雑踏のなかに消えていった。

伊吹有喜 ESSAY

折々のこと...