伊吹有喜 TOPIX

2017年11月17日金曜日

NEW!! 「彼方の友へ」を上梓しました!

2017年1月1日日曜日

新年のごあいさつ

2015年12月31日木曜日

年末と年始のご挨拶

2015年7月13日月曜日

BAR追分が発売されます

2015年3月19日木曜日

公式サイトリニューアル

2015年3月19日木曜日

NEW!! 現在連載中

なでし子物語 天の花 地の星

画・菅野裕美/「asta*」ポプラ社(2013年7月より月刊掲載)

彼方の友へ

画・小春あや/「J-novel」実業之日本社(「紡」2013年春号より三ヶ月ごとに掲載)

NEW!! 不定期で掲載

BAR追分(バールおいわけ)

画・満岡玲子/「ランティエ」角川春樹事務所

連載終了しました。年内に刊行予定です。

今はちょっと、ついてないだけ

画・宮坂猛/「小説宝石」光文社(2014年1月号より隔月掲載)

2012年12月1日土曜日

柿の木と12月のごあいさつ

2012年11月1日木曜日

秋深し、イヌニガテの謎

2012年10月1日月曜日

夏の終わりと秋の始まり

2012年4月2日月曜日

4月のごあいさつ

2012年2月8日水曜日

二月のご挨拶

2011年11月5日土曜日

11月のごあいさつ

2011年10月6日木曜日

10月のごあいさつ

2011年9月19日月曜日

ESSAY:日本の大人

2011年7月19日火曜日

夏が来ましたね!

2011年7月1日金曜日

ESSAY:コウジに夢中

2011年6月29日水曜日

本当に蒸しますね……。

2011年6月11日土曜日

ESSAY:男の背中とオムライス

2011年4月6日水曜日

ごあいさつ

2011年1月12日水曜日

年明けのごあいさつ

2010年11月28日日曜日

ESSAY:マルタイに関する考察

2010年11月1日月曜日

ESSAY:短髪包囲網

2010年11月1日月曜日

「小説宝石」12月号(光文社発行)に短編が掲載されました。タイトルは「煙が目にしみる」です。

checkmark小説宝石(光文社)

2010年11月1日月曜日

ごあいさつ

2010年10月16日土曜日

ESSAY:蝉の夏

2010年9月21日火曜日

ESSAY:女の述懐

2010年8月

「小説現代」9月号(講談社発行)にエッセイが掲載されました。タイトルは「この夏の喜び」です。

checkmark小説現代(講談社)

2010年6月

「別冊文藝春秋」7月号(文藝春秋発行)にエッセイが掲載されました。タイトルは「折々の音色」です。

checkmark別冊文藝春秋(文藝春秋)

2010年5月22日土曜日

「月刊 ジェイ・ノベル」6月号(実業之日本社発行)にエッセイが掲載されました。タイトルは「ウマい鹿」です。

checkmarkジェイ・ノベル(実業之日本社)

2010年4月17日土曜日

ESSAY:お寒い対決

2010年3月30日火曜日

ESSAY:書店さんにて初サイン

2010年1月5日火曜日

ESSAY:2010年のごあいさつ

2009年12月25日金曜日

ESSAY:江戸の紫

エッセイ掲載

「野生時代」12月号(角川書店発行)にエッセイが掲載されました。タイトルは「おへその佃煮」です。

checkmark野生時代(角川書店)

2009年11月10日火曜日

ESSAY:失敗の定番

2009年10月5日月曜日

ESSAY:空の庭園

2009年9月15日火曜日

ESSAY:秋の夜長にこの一枚

2009年9月7日月曜日

ESSAY:イルカの裏表

著者インタビュー掲載

ポプラ社のPR誌、asta*(アスタ)9月号に著者インタビューが掲載されました。配布先などの詳細はこちらをどうぞ。

checkmarkアスタについて

checkmarkアスタが置いてあるお店

2009年8月19日水曜日

ESSAY:女の絶望

2009年8月10日月曜日

ESSAY:地獄の珈琲

2009年8月3日月曜日

ESSAY:すごいよ、ルーシー

2009年7月28日火曜日

ESSAY:涙のラーメン

2009年6月27日土曜日

ESSAY:ごあいさつ

伊吹有喜 BOOKLIST

伊吹有喜『彼方の友へ』

初版:2017年11月17日
ISBN:978-4-408-53716-0
出版:実業之日本社
価格:本体1,700円+税



平成の老人施設でひとりまどろむ佐倉波津子に、赤いリボンで結ばれた小さな箱が手渡された。「乙女の友・昭和十三年 新年号附録 長谷川純司 作」。そう印刷された可憐な箱は、70余年の歳月をかけて届けられたものだった──戦前、戦中、戦後という激動の時代に、情熱を胸に生きる波津子とそのまわりの人々を、あたたかく、生き生きとした筆致で描く、著者の圧倒的飛躍作。
(文章は実業之日本社の紹介ページから流用させていただいています)

伊吹有喜『地の星』

初版:2017年09月21日
ISBN:978-4-591-15605-6
出版:ポプラ社
価格:本体1,600円+税



今のわたしは、あの頃なりたいと望んだ自分になれているのだろうか。遠州峰生の名家・遠藤家の邸宅として親しまれた常夏荘。幼少期にこの屋敷に引き取られた耀子は、寂しい境遇にあっても、屋敷の大人たちや、自分を導いてくれる言葉、小さな友情に支えられて子ども時代を生き抜いてきた。時が経ち、時代の流れの中で凋落した遠藤家。常夏荘はもはや見る影もなくなってしまったが、耀子はそのさびれた常夏荘の女主人となり─。ベストセラー『なでし子物語』待望の続編。
(文章はポプラ社の紹介ページから流用させていただいています)

伊吹有喜『カンパニー』

初版:2017年05月22日
ISBN:978-4-10-350971-4
出版:新潮社
価格:本体1,700円+税



妻子に逃げられた47歳総務課長。選手に電撃引退された女性トレーナー。製薬会社のリストラ候補二人に課された使命は、世界的プリンシパルの高野が踊る冠公演「白鳥の湖」を成功させること。しかし、高野の故障、配役変更、チケットの売れ行き不振と続々問題が。本当に幕は開くのか!? 仕事と人生に情熱を取り戻す傑作長編。
(文章は 新潮社の紹介ページから流用させていただいています)

伊吹有喜『情熱のナポリタン』

初版:2017年02月14日
ISBN:978-4-75844065-3
出版:角川春樹事務所
価格:本体520円+税



かつて新宿追分と呼ばれた街の、〈ねこみち横丁〉という路地の奥に「BAR追分」はある。<ねこみち横丁>振興会の管理人をしながら脚本家を目指す宇藤輝良は、コンクールに応募するためのシナリオを書き上げたものの、悩んでいることがあって……。両親の離婚で離れて暮らす兄弟、一人息子を育てるシングルマザー、劇団仲間に才能の差を感じ始めた男──人生の分岐点に立った人々が集う「BAR追分」。客たちの心も胃袋もぐっと掴んで離さない癒しの酒場に、あなたも立ち寄ってみませんか? 大人気シリーズ第三弾。
(文章は 角川春樹事務所の紹介ページから流用させていただいています)

伊吹有喜『ミッドナイト・バス』(文庫版)

初版:2016年08月04日
ISBN:978-4-16-790671-9
出版:文藝春秋
価格:本体880円+税



壊れた「家族」という時計は再び動き出すのか。故郷に戻り、深夜バスの運転手として二人の子供を育ててきた利一。ある夜、乗客に別れた妻の姿が──。家族の再出発を描く感動長篇。
(文章は文藝春秋BOOKSの紹介ページから流用させていただいています)

伊吹有喜『今はちょっと、ついてないだけ』

初版:2016年03月16日
ISBN:978-4-334-91083-9
出版:光文社
価格:本体1,500円+税



かつて、世界の秘境を旅するテレビ番組で一躍脚光を浴びた、「ネイチャリング・フォトグラファー」の立花浩樹。バブル崩壊で全てを失ってから15年、事務所の社長に負わされた借金を返すためだけに生きてきた。必死に完済し、気付けば四十代。夢も恋人もなく、母親の家からパチンコに通う日々。ある日、母親の友人・静枝に写真を撮ってほしいと頼まれた立花は、ずっと忘れていたカメラを構える喜びを思い出す。もう一度やり直そうと上京して住み始めたシェアハウスには、同じように人生に敗れた者たちが集まり……。
(文章は光文社の紹介ページから流用させていただいています)

伊吹有喜『オムライス日和 BAR追分』

初版:2016年2月12日
ISBN:978-4758439732
出版:角川春樹事務所
価格:本体520円+税



有名電機メーカーに勤める菊池沙里は、大学時代にゼミで同期だった宇藤輝良と再会する。卒業して五年、宇藤は「ねこみち横丁振興会」の管理人をしながら、脚本家になる夢を追い続けているという。数日後、友人の結婚式の二次会後に、宇藤がよくいるというねこみち横丁のBAR追分に顔を出した沙里だったが……(「オムライス日和」より)。昼はバールで夜はバー──二つの顔を持つBAR追分で繰り広げられる人間ドラマが温かく胸に沁みる人気シリーズ、書き下ろしで贈る待望の第二弾。
(文章は角川春樹事務所の紹介ページから流用させていただいています)

伊吹有喜『BAR追分』

初版:2015年7月15
ISBN:978-4758439176
出版:角川春樹事務所
価格:本体520円+税



新宿三丁目の交差点近く──かつて新宿追分と呼ばれた街の「ねこみち横丁」の奥に、その店はある。そこは、道が左右に分かれる、まさに追分だ。BAR追分。昼は「バール追分」でコーヒーやカレーなどの定食を、夜は「バー追分」で本格的なカクテル、ハンバーグサンドなど魅力的なおつまみを供する。人生の分岐点で、人々が立ち止まる場所。昼は笑顔がかわいらしい女店主が、夜は白髪のバーテンダーがもてなす新店、二つの名前と顔でいよいよオープン!
(文章は角川春樹事務所の紹介ページから流用させていただいています)

伊吹有喜『なでし子物語』(文庫版)

初版:2014年12月05日
ISBN:978-4-591-14246-2
出版:ポプラ社
価格:本体720円+税



いじめに遭っている少女・耀子、居所のない思いを抱え過去の思い出の中にだけ生きている未亡人・照子、生い立ちゆえの重圧やいじめに苦しむ少年・立海。三人の出会いが、それぞれの人生を少しずつ動かし始める。言葉にならない祈りを掬い取る、温かく、強く、やさしい物語。

伊吹有喜『ミッドナイト・バス』

初版:2014年1月
ISBN:978-4163900063
出版:文藝春秋
価格:1,890円



東京での過酷な仕事を辞め、故郷の新潟で深夜バスの運転手をしている利一。ある夜、彼が運転するバスに乗ってきたのは、十六年前に別れた妻だった──。
父親と同じく、東京での仕事を辞めて実家に戻ってきた長男の怜司。実現しそうな夢と、結婚の間で揺れる長女の彩菜。そして、再婚した夫の浮気と身体の不調に悩む元妻、美雪。
突然の離婚で一度ばらばらになった家族は、今、それぞれが問題を抱えて故郷に集まってくる。全員がもう一度前に進むために、利一はどうすればいいのか。
家族の再生と再出発をおだやかな筆致で描く、伊吹有喜の新たな代表作!
(文章は文藝春秋BOOKSの紹介ページから流用させていただいています)

伊吹有喜『なでし子物語』

初版:2012年11月
ISBN:978-4-591-13142-8
出版:ポプラ社
価格:1,680円(本体:1,600円)



ずっと、透明になってしまいたかった。でも本当は、「ここにいるよ」って言いたかったんだ──

いじめに遭っている少女・耀子、居所がなく過去の思い出の中にだけ生きている未亡人・照子、生い立ちゆえの重圧やいじめに苦しむ少年、立海。三人の出会いが、それぞれの人生を少しずつ動かし始める。言葉にならない祈りを掬い取る、温かく、強く、やさしい物語。

伊吹有喜『四十九日のレシピ』(文庫)

初版:2011年10月
ISBN:978-4-591-12665-3
出版:ポプラ社
価格:630円(本体:600円)



母の優しい「レシピ」が起こした奇跡に、あたたかい涙があふれる感動の物語。

妻の乙美を亡くし気力を失ってしまった良平のもとへ、娘の百合子もまた傷心を抱え出戻ってきた。そこにやってきたのは、真っ黒に日焼けした金髪の女の子・井本。乙美の教え子だったという彼女は、乙美が作っていた、ある「レシピ」の存在を伝えにきたのだった。

伊吹有喜『風待ちのひと』(文庫)

初版:2011年4月
ISBN:978-4-591-12418-5
出版:ポプラ社
価格:672円(本体:640円)



伊吹有喜デビュー作、文庫版

“心の風邪”で休職中の男と家族を失った傷を抱える女。海辺の町でふたりは出会った──。人生の休息の季節を鮮やかに描き出す、デビュー作。

伊吹有喜『四十九日のレシピ』

初版:2010年2月
ISBN:978-4-591-11535-0
出版: ポプラ社
価格:1,470円(本体:1,400円)



2011年早春 NHKドラマ化決定!!

わたしがいなくなっても、あなたが明日を生きていけるように。大切な人を亡くしたひとつの家族が、再生に向かうまでの四十九日間。家族を包むあたたかな奇跡に、涙があふれる感動の物語。

伊吹有喜『風待ちのひと』

初版:2009年6月
ISBN:978-4-591-11021-8
出版:ポプラ社
価格:1,470円(本体:1,400円)



伊吹有喜デビュー作

第三回ポプラ社小説大賞特別賞受賞作!! 二十代の恋とは違う。でも、今だから気がつくことがある。39歳の男と女、愛と再生の物語。


 私は顔のうぶ毛剃りをしてもらうのが好きで、月に一度近所の床屋さんに行く。そこは女性理容師さんによる顔剃りのコースが充実していて、マッサージとうぶ毛剃りをベースに、オプショナルで超音波などのエステがとてもリーズナブルな価格で受けられる。理容師さんによる顔のマッサージはまことに心地よく、私は行くといつも自然に眠ってしまう。同じように心地よく感じる人が多いのか、週末は女性達の予約でいっぱいになり、施術が受けられないときもあるほどだ。

 しかしもともとは男性専門の理容室なので、女性がうぶ毛剃りをするときは店の一番奥の席をカーテンで仕切って、個室を作ってもらうことになる。そこに入るときは散髪中の男性たちの後ろを通っていくことになり、男同士の気楽さか、たいていみんなとてもくつろいだ顔でいるので、お邪魔してすみません、という気になってしまう。だけど男の人たちは慣れているのか優しいのか、好奇の目を向けられたことはない。

 その顔剃りで私が何よりも好きなのは、担当の理容師さんが眉を綺麗に整えてくれることだ。彼女たちはいつも迷いなくリズミカルにカミソリを使うのだけれど、眉にさしかかると実に慎重に刃を当ててくれる。少し剃って、刃が離れ、それからまた少しずつ眉に刃が当たり、そろりそろりと、でも確実に、彼女たちが集中して手を動かしているのが息づかいからも伝わってくる。

 一度、刃が離れたときにふっと薄目を開けて見たら、ものすごく真剣な顔で彼女が私の眉毛を凝視していた。両眉のバランスを見ながら、形を決めてくれているみたいだ。こんなに真剣に眉を作ってもらえるなんて、ああ頼もしい〜、ありがたや〜、と思ったら、また気持ちよく寝てしまった。

 そんなある日、いつものように顔を剃ってもらってウトウトしていたら、突然カーテンの向こうで、男性の大きな声がした。

「すまんね、遅れてごめんよ。いやあ。まいったよ、これ、さっぱり男前にしてやって。短くバリッとね。店長ぐらいに男前にして。いいよね、ほら、男前だろう? 店長は」

 そんな男前の店長がいる店……一体、どこだろう。

 さらに大きな声がした。

「いやあ、じゃあ、お願い。もうびっくりしたよ、こんなに長くて。俺が入れた子だからさ。ちゃんとしてもらわないと。親代わりに連れてきたよ。さっぱりしてやって。新人がこんな頭じゃ……。ほら、店長ぐらいに短くね」

 どうやらどこかのお店の新人男子を人事関係の人が散髪に連れてきたらしい。そしてその店には男前の店長がいて、短髪らしい。男前、短髪、店長。何のお店だろう。豆腐店? 飲食業? いなせなお寿司屋さんとか居酒屋さんかな。

 再び声がした。

「どうだ、ほら座って。逃げるんじゃないぞ。お前の荷物は俺、預かってるんだから。髪切ったら店に来いよ。いやいや、店長、おかまいなく。俺、領収書をもらったらもう行くから。あっ、でもこいつの頭にハサミを入れるところを見ていこうかな。な、お前、安心しろ。店長、よろしくぅ」

「僕ぐらいの長さで」

「そう。それぐらいで」

 あら、と私は薄目を開ける。ひょっとして話に出てくるこの「店長」とは、この理髪店の店長さんか……。そうか、男前だったのか。どんな髪型でしたっけ?

 そう思っていたら、また声がした。

「前も横も、特に襟足、これをばさっとやって。もうこんな襟足……もう俺、びっくりしてこっちかと思っちゃったよ」

 こっち……、どうやらゲイと言っているみたいだ。

 店長が「ああ」というと

「わかる? そっちの業界は多そうだよね」と言ったあと、ちょっと困った声がした。

「いやあ、ごめん。あの、うちもいるもんでね」

 一体、この声の持ち主と新人さんは、どういう業種のお仕事なんだろう。

 そう思っていたら携帯が鳴って、その人が「失礼」と言って店を出る気配がした。だけどこの店は地下にあり、通路での物音がとてもよく響く。そのうえ声があまりに大きいので外に出ても、話は店に筒抜け。そしてまた声がした。

「じゃあ、俺、行くからね〜。店長頼むよ〜。じゃあね〜」

 続けて電話をしているのか、また声が聞こえてきて、それはしだいに遠ざかっていった。

 店に静寂が訪れた。

 店長の声がした。

「大変だね……」

「いやあ……」と若者の声がした。

「新人さんなんだ」

「はい……」

 そう言った途端、再び嵐のような話し声が近づいてきて、ドアが開く音がした。

「ちょーっと、店長、店長、手加減なくばっさりやってね。やってくれなきゃ、俺またコイツ、連れてくるから、二度手間になるから、ばっさりね! うん? いや、こっちの話、こっちの話よ、ごめん、それでさ……」

 ドアが閉まる音がして、声が遠ざかっていく。

 再び店内に静寂が訪れた。

 店長の声がした。

「じゃあ、切ろっか」

 はあ……とため息のような声がした。

 先ほどの人の名字らしい名前をあげ、店長が「目をかけてくれてるんだね」と言うと「親戚のおじさんの紹介で」と声がした。どうやら先ほどの人は同郷の大先輩で、青年はそれを頼ってつい最近、上京してきたらしい。

「切らなきゃいけないんすかね……」と青年の声がした。

「まあ、切った方がいいよね、新人のうちは」

「どうしても?」

「仕事に慣れてきたら、ある程度伸ばしてもいいだろうけど」

「髪……ってどれぐらいで伸びます?」

「一ヶ月に1センチ程度かな」

「切ったら、結わえられないですよね」

「まあ、無理だね」

 あっさりいうと、店長が何かを準備をしている気配がした。

「さ、まず、短くしていこうか」

 あのぉ、と若者が声を上げた。

「……雑誌とかあります?」

「雑誌? あるけど」

 ページをめくる乾いた音がして、店長が短髪系のスタイルを説明している。

「はやり、とかって、どんなのですか?」

「みなさん、こういう感じが多いけれど……本当にはやりにするなら」

 店長がトップがなにやら、シャギーがなんやら、とかなり口早で専門用語を連発している。どうやら少し苛立っている。

 でもぉ、と若者が言いよどんだ。

「でも……結わえられないですよね」

「まあ、ショートですから。まず、短くしてっていいですか」

 いい、とも、いやだ、とも言わず、若者が「はあ……」とため息をついた。

 仕事を続けるなら、と店長が言った。

「今は短くしたほうがいいですよ。すぐやめるとか、別の仕事をする気なら、なんとか結わえられる長さにしたほうがいいでしょうけど」

「はあ……」

「短くしていこっか」

「いやあ……」

「いいですか?」

「はあ、ちょっと……」

 よほど悲しげなのか、不服そうなのか、さとすように店長が言った。

「髪のほうが大事なら、この髪でもいいって仕事にしないと。髪が自由な仕事につくとか。新人のうちはね……これが社会人ってものだから」

「髪が自由な仕事って?」

「ぼくらみたいな仕事だったら、たいてい自由な髪ができるけど」

「理容師って学校行かなきゃ、なれないんですか?」

「もちろん」

「試験とかも?」

「もちろん」

「学校行ったら誰でもなれるんですか?」

「いちおうちゃんと試験があるから」

「はあ……」

「毎日練習しなきゃいけないし、働き出しても思ったのと違うってやめる人も多いし、ずっと腕は磨き続けなきゃいけないし。遊ぶ時間が欲しかったら、まず薦められない仕事だね。はさみ、いれますよ」

 あのぉ、と若者が言った。

「髪を切れってのは、つまり先輩に目を付けられたらよくないってことっスよね」

 素っ気なく店長が「まあね」と言った。

 店内が静かになった。

 場の空気を変えるように店長の明るい声がした。

「さ、短くしていこっか」

「ちょっと…………髪型、考えさせてください」

「まずは短くしていいですか。そこから相談しましょう」

「いや、ちょっとまじで、勘弁してくださいよ」

 すると今度は別の理容師さんの声がした。このお店に二人いる女性理容師さんの一人だった。

 お客さんの髪を切り終わったらしく「肩のマッサージをさせていただきます」と丁重な声がした。

 彼女のマッサージを男の低い声がほめた。

「お疲れですね」と明るい声がした。

「肩がとても凝ってます」

 凝りもするさ、と渋い声が響いた。

「景気が悪いからさ。だけど仕事があるだけいいもんだ」

「そうですね」

「仕事ってのは割りにあわないことを受け入れなきゃいけないもんでさ。我慢料だね。時給換算したら、アルバイトのほうがはるかに割りが良くって気楽だ。責任もないしね」

 そうですよ、と彼女が言った。

「時給だけで考えたら、仕事ってやっていけないトコありますもん」

 いいことを言うね、と別の声が響いた。こちらは重量級の低音だ。

「最近は女の子のほうがシャンとしてるよ」

 その場にいる客達がそこはかとなく、青年に聞こえるように言っている。あきらめて短髪にしなさいよと無言のプレッシャー。気の毒に……幸か不幸か、今日のお客さんは渋いバリトン揃いだ。

 そう思ったとき、私の施術が終わり、個室にしていたカーテンが引かれた。立ち上がったら店内のすべてのお客さんが見渡せた。そして絶句した。

 君なあ……。

 青年は明るい茶髪。前髪が立っていて、襟足から細く梳いた髪がヒョロリと肩に流れている。この髪型は二十数年前に見たことがある。その昔、兵藤ゆきという女性タレントさんがしていた。だけどそれはおそらく彼が生まれた頃のスタイル。兵藤さんだって今はそんな髪型はしていないはずだ。思わず心のなかでドスをきかせた。

 とっとと切ってもらいなされ!

 仕事柄いろいろな職種の方にお目にかかったけれど、新入社員の後ろ髪がヒョロリでOKという会社はおそらく日本のどこにもない。

「じゃあ、切りますよ」と店長が言った。

「はあ……」と青年はうなだれ、店長がはさみを動かし始めた。

 さえないため息とハサミの音に見送られて外に出たら、さっきの声が近づいてきた。携帯での会話が終わったらしく「じゃ! よろしくっ!」と上から声がして、その人が階段を下りてきた。

 小柄だけど足の運びが力強い人だった。きちんとしたスーツを着ているのに軍鶏のような雰囲気がする。右手に紳士服店のロゴが入った紙袋を下げていた。

 なんとなくこの人は同郷の青年のために替えの靴下やアンダーシャツを買いそろえてきたような気がした。

 あの青年、スーツは用意したかもしれないけれど、アンダーシャツまでは気が回らなそうだ。透ける白シャツの下に平気で「KILL」とか「DEATH」とか書かれたロックなTシャツを着て職場に現れそう。

 すれちがった後でそっと振り返ったら、店の手前でその人は紙袋の中身を確認していた。

 親代わりだからといって理髪店に連れていき、散髪代まで出してくれた人の情を――おせっかいな言動の裏にひそむ大人の男の照れと気遣いを――あの青年はいつか感謝する日が来るのかな。

 そう思って歩き出した瞬間、後ろから声がとどろいた。

「ウ〜ッ、店長ぉ グゥー! バッチリコ〜ン!」

 続いて短髪を讃える声が響いてきた。

 良いひとだけど……嫌いになれない人だけど……とどろくその声を聞いていたら、青年に感謝される日はかなり遠い気がした。

伊吹有喜 ESSAY

折々のこと...