かごしま近代文学館の講演にお越しいただきありがとうございました。そして、松本零士先生の訃報に際しまして…
こんにちは、いかがお過ごしでいらっしゃいますか。
暖かい日が続くかと思えば急に寒くなり、三寒四温の日々ですね。明るい春が近づいてきました。
さて、先日「かごしま近代文学館」の「現代作家が語る」シリーズの講演会、私の回が無事に終わりました。
「ゆかりの糸の物語」をお気に掛けていただき、ありがとうございます。
遠方よりお越しくださった方もいらっしゃって、感謝の思いでいっぱいです。
昨年の盛岡のイベントの折にも強く感じたのですが、本をお手に取ってくださった方にお目にかかれますことは本当に嬉しく、励みになります。
その喜びは、今回の講演で鑑賞した黒田三郎先生の詩のごとく「もっと高く もっともっと高く」そして「美しい願いごとのように」心を舞い上がらせてくれます。
またお目にかかれますことを楽しみにしております。
とはいえ、本の扉を開けていただけましたら、わたくし、いつでもどこでも物語の旅をご一緒できます。
ここではないどこかへ、ふらりとお出かけしたくなったら、ぜひ本をお手に取ってみてください。
さて……講演はきちんと原稿を書いていったのですが、直前に拝見した「かごしま近代文学館」の展示がとても素晴らしくて……。
子どもの頃に夢中になって読んだ作家たちの展示を見ていますと、その頃の気持ちがよみがえり、感激しました。
なかでも「かごしま近代文学館」は向田邦子先生の展示が素晴らしいのです。先生のコレクションが収蔵されていることは以前から存じ上げており、写真でも拝見していたのですが、やはり実物には迫力と発見があります。
そこで興奮のあまり、その話に夢中になってしまい……展示されていたお召し物について「縦縞の効果が!」やら「ボタンを! ボタンにもご注目です」やら、前のめりになって、原稿にはないことも熱く語ってしまいました。
あとで考えますと、あまり文学には関係なくて、少々お恥ずかしいです。
一体、なぜそこまで展示のお洋服にときめいたかと申しますと……お話は数年前にさかのぼります。
どなたがお書きになっていたのか、どの本にあったのか、ぱっと浮かばないのが申し訳ないのですが……。
向田先生がある年の、大晦日の紅白歌合戦の審査員をなさった際に黒っぽい服をお召しで、それがたいそう素敵だったというエッセイを拝読したことがあるのです。
私はそれ以来、そのお召し物はどんなものだったのか、気になっておりました。
紅白歌合戦といえば、ひときわ華麗な衣装が多い場所です。そこへシックな黒系のお召し物は、いささか勇気がいります。ですが、ぴたりとはまれば尾形光琳が豪商、中村内藏助の妻に調えた衣装のごとく、素晴らしく映えるに違いありません。
先生のお顔立ちから拝察すると、それはもう、ひときわ麗しく映えたことでしょう。だからこそすぐれた文筆家のエッセイにつづられるほどの印象を残されたのです。一体、どんなお洋服だったのかとずっと思っていたのでした。
講演の前に館内を拝見したとき、なんと!
そのお洋服がガラスケースの内側に、ボディに着付けて展示されていたではありませんか!
あまりの嬉しさに、ガラスに張り付くようにして見てしまいました。
それはもう、とても素敵なお洋服でした。
間近で見ると、「おお!」と思わず声が出る、美しい手仕事の企みが潜んでいたのです。
向田先生のお召し物は植田いつ子さんの手によるオートクチュールが多いと聞きます。
紅白歌合戦のゲスト審査員に招待される作家や脚本家は、その年、あるいは翌年の文化・芸術の世界を代表する、最高の書き手たちです。
当時は働く女性の地位は今ほど確立されておらず、まったくの男性社会でした。セクハラという言葉もなく、女性の賃金は男性に較べて低いのが当たり前の世の中です。
そうしたなかで、働く女性の先駆者でもある向田先生とデザイナーの植田先生との間で、大晦日のお召し物を作るために、どのような会話が交わされ、どのような企みの密談がなされたのか(思わず『密談』と言いたくなるような、密やかで美しい工夫が施されていたのです)。
服飾と文芸。世界は違えど、当代一流の二人のセンスと才能、そしておそらく腕利きの仕立て職人の手による、晴れの日のこの一枚。
大晦日までに必ず間に合わせなければいけません。
出来上がるまでの過程を想像するだけで、猛烈にスリリングでときめいてしまうのです。
紅白で着用のお召し物の隣には、たいそう素敵なツイード、もしかしたらホームスパンかしら、と思う素敵な生地で仕立てられたスーツもありました。
そのスーツのコロンとした茶色のボタンがまた可愛らしいのです。色といい、形といい絶妙で、そのスーツのために選び抜かれたボタンだと思われました。
さらには向田先生の仕事場を再現なさったコーナーなどもあり、まことに眼福の至りの展示。
向田先生のファンの方は「かごしま近代文学館」のことをご存じと思いますが、未見の方はぜひ、鹿児島へのお出かけをおすすめします。
さて、興奮のあまり、いささか脱線した講演でしたが、皆様の優しい相槌が心地よく、楽しいお時間でした。
このたびの講演、Instagramでご紹介をいただきました。
この日は鹿児島県の名産の白大島紬で、張り切って、おめかしをしております。
かごしま近代文学館かごしまメルヘン館
https://www.instagram.com/p/Co2EHTtv46H/
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この着物の模様は大島紬に古くから伝わる柄で「秋名バラ」といいます。
秋名は奄美大島の地区の名前、バラは琉球の言葉で竹製の「ざる」。ざるの模様を織りだした伝統柄の布です。
座っていたので、おはしょりが少々めくれてしまいお恥ずかしや…着物は着崩れに注意が必要ですが、それでも素敵な布をまとうのは心愉しいです。
■さて、お話はやや変わりまして・・・・・
先生のふるさと、福岡県と鹿児島県の距離は遠いですが、松本零士先生は九州ご出身の巨星。「銀河鉄道999」は小学生だった私が愛してやまない映画でした。
先生は銀河を往く、強くて心優しい人々の物語とともに、戦場まんがシリーズ、そしてクラシック音楽の漫画もお描きになられています。
私は松本零士先生のクラシックに関する漫画を通して、ドイツの指揮者・ヴィルヘルム・フルトヴェングラーを知り、その録音を夢中になって集めて聴きました。
フルトヴェングラー指揮の作品を通して、ワーグナーの楽劇やドイツやイタリアのオペラを味わい、やがて氏が録音を残していないオペラも聴くようになり、音楽への熱狂と喜びはさらに広がっていきました。
そこから生まれたのが、ヴェルディのオペラ「椿姫 ラ・トラヴィアータ」をモチーフにしたデビュー作「夏の終わりのトラヴィアータ」。改題して「風待ちのひと」です。
講演でデビュー作のお話をした翌日、松本先生の訃報を聞き、先生の作品を通して知った世界のことに思いを馳せました。
あらためて松本零士先生に感謝と深い敬意を抱いています。
■鹿児島市はとても良いところでして、ぜひ、また訪れたいです。
その折には霧島温泉や桜島を観光して、鹿児島の美味も味わい、そこから九州新幹線で福岡県に行き、松本先生が初代館長でいらした(艦長と書きたくなりますネ)「北九州漫画ミュージアム」にも行ってみたいと思いました。
そこを見学したあと新門司港からフェリーで横須賀港に移動し、東京に戻るルートもよいかもしれませんね。
いつかそんな旅をしてみたいな、と机に向かいながら思っています。
さて、春近しといえど、まだまだ冷えます。皆様、暖かくしてお過ごしくださいね。
それではまたお便りします。
伊吹有喜